2007-05-12

岩槻城






































































岩槻城

岩槻城は室町時代末に築かれた城郭です。
築城者については太田道灌とする説、父の太田道真とす
る説、そして後に忍(現行田市)城主となる成田氏する
説など様々です。

16世紀の前半には太田市が城主となっていましたが、永
禄10年(1567)三船山合戦(現千葉県富津市)で太田氏
資が戦死すると小田原城の北条氏が直接支配するところ
なりました。

北条氏は、天下統一を目指して関東への進出を図ってい
た豊臣秀吉と対立。やがて天正18年(1590)5月20日か
らの豊臣方の総攻撃を受けた岩槻城は2日後の22日に落
城してしまいました。同年、豊臣秀吉が北条氏を滅ぼす
と徳川家康が江戸に入り、岩槻城も徳川の家臣高力清長
が城主となりました。

江戸時代になると岩槻城は江戸北方の守りの要として重
要視され、幕府要職の譜代大名の居城となりました。

室町時代から江戸時代まで続いた岩槻城でしたが、明治
維新後に廃城となりました。城の建物は各地に移され土
地は払い下げられて、およそ400年の長きにわたって続
いた岩槻城は終焉の時を迎えました。

岩槻市

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